
イベント開催時やシーズン多客時には、西山荘入り口の「桃源」や、西山荘入場口付近でお待ちしています。
また、事前案内予約も受付しています。どうぞお気軽にお申し込みください。
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太田七坂(写真は十王坂)
太田の中心街は鯨ヶ丘と呼ばれている。鯨ヶ丘にはいくつもの坂があります。木崎坂、下井戸坂、板谷坂、塙坂、東坂、杉本坂、十王坂を太田七坂と言います。
A-1.旧久昌寺跡
西山荘のクヌギ門手前を左に向かう山道がある。寺が道と呼ばれている山道だ。
峠を越えて平地に降りると、大理石の大きな石碑がある。
久昌寺遺跡と刻まれている。幕末まで七堂伽藍を配した久昌寺が有った。
かつては、三昧堂檀林が開かれており、常時数百名の学僧が学んだと言われています。
西山荘に何かあった時の備えと、光圀公の生母を弔う寺院でありました。
A-2.法然寺
鯨ヶ丘の東側にあるお寺です。佐竹時代の由緒あるお寺として知られています。
寺宝として、幽霊の掛け軸が有名です。
A-3.梅津会館
常陸太田出身の梅津福次郎の寄付で建設された旧常陸太田市役所です。現在は郷土資料館として、定期的に企画展を開催し、市民に喜ばれています。
A-4.大門南城址と大門北城址
佐竹藩時代に、活躍した、お城跡です。慶弔の国替えで入場となった山城で佐竹藩にとって重要な防衛線としての役割を果たしていました。
現在も、廓の跡や堀切、空堀の痕跡がのこっている。現在は、地元の有志が見学コースの整備を行っており、一部は県北ロングトレイルコースにもなっている。

写真は、鷺山の中腹にある日蓮宗の開会山常寂光寺です。
B-1.石仏群・古墳群等が観られる伝説と史籍の郷 大里町
大里町は、常陸太田市の西側に位置し、その昔、長者が住んでいたと伝われる長者屋敷遺跡や、欧州征伐に向かった八幡太郎義家の馬蹄跡があります。
そして、阿弥陀堂や赤城神社、各所に点在する馬頭観音等の石仏群・古墳群等が観られる伝説と史籍の郷です。是非、古きを訪ね新しきをを知る散策においで下さい。

光迎院 阿弥陀堂
B-2.歴史の神秘と美しい自然を満喫する千寿町
千寿町を北に進むと、けやき・しいの木等の巨木が繁茂する天然林が形成されていて、その中に元金砂神社があります。小祭礼の折には、松平町から元金砂神社を仰ぎ、礼の宮と称して奏そうがく楽(鳴り物)を止めて礼拝する習わしがあります。最南にある親沢池には、その時期にはきれいなハスの花が咲いていました。歴史の神秘と美しい自然を満喫しながら、ゆったりと散策してみてはいかがですか。

元金砂神社拝殿
千寿町ハイキングコース(ひたちおおた てくてくウォーク40)
B-3.古代ロマンにあふれた高柿町
高柿町は、古墳時代の猫渕横穴古墳壁画や中世に築かれた高柿城跡など古代ロマンにあふれた散策が楽しめるところです。(散策コース約7㎞、約2時間)

猫渕横穴古墳に描かれた壁画

竜神大吊橋は竜神峡にかけられた茨城百景の一つにも挙げられている吊橋です。1994年に開通し多くの観光客が訪れています。
竜神峡は空中写真を見ると竜の姿にみえます。竜神峡の奥には竜が潜んでいたという伝説が生まれました。
C-1.青蓮寺と東連地町
東連地町は水府地区の最南端、北から東側にかけ山田川がながれ、西に連なる小高い山々との間に古刹青蓮寺など散策ポイントが点在しています。
C-2.東染八景めぐりと歴史文化にふれる
東染の起源は、古くは室町時代の佐竹義舜の時代までさかのぼります。その後、江戸時代の文政6年の東染全図の中に東染八景が記載されています。東金砂神社の表参道や飢饉に備えた郷倉などの歴史的景観と四季折々の美しい里山の景観が調和した空間となっています。
C-3.染和田の里めぐり
中染町周辺はその昔、地元の武士 “三染佐竹十八騎” の活躍で、税を免除されたことから租免村(そめむら)と呼ばれていました。後に染村となり、西染・中染・東染に分かれたといいます。地域の皆さんが手厚く守っている「鉄造(鋳造)阿弥陀如来立像」は、今年 8 月に国指定重要文化財となりました。
染和田の里めぐり
中染町ハイキング(前遍)
中染町ハイキング(後編)

大中神社の由緒は、八幡太郎義家が奥州征伐の際に舘籠地字小森にて戦勝を祈願した際に建立した大宮大明神にあるようです。
大中神社本殿は市指定文化財となっています。
D-1.大中の里めぐり
大中神社(本殿、御神木のスギ)や泉福寺のシダレザクラ、小森明神古墳などをめぐります。

泉福寺のシダレザクラ
D-2.里川のさと ~里川の流れにそって~
七反のシダレザクラ、三こむろの碑、猿喰のケヤキ、小里川発電所などをめぐります。

小里川発電所

猿喰のケヤキ




